matsuok’s diary

あくまでも個人的意見であり感想です

先見性を求められるか。

ローマクラブ(Club of Rome)は、第一報告書『成長の限界』(1972年)では現在のままで人口増加や環境破壊が続けば、資源の枯渇(あと20年で石油が枯渇する)や環境の悪化によって100年以内に人類の成長は限界に達すると警鐘を鳴らしており、この提言に、日本を含め世界各国が大騒ぎとなった。その直後の1973年、第4次中東戦争オイルショックが起こり、石油価格が暴騰、先進国は一気に原子力発電の建設を活発化させた。その後、1980年代になると、「ローマクラブ」の提言がウソのように、世界各地で有望な油田が次々と見つかり、「あと100年、好き放題使っても地球から石油はなくならない」とまで言われている。
管前総理のインタビューを見ると、トップに悪い情報が流れないという主張に対し、コメンテータが、それは前総理のパーソナリティの問題なのかということを言っていたが、トップのパーソナリィにより依存してしまうこと自体が危険であるというインタビューワの感想に同意。カリスマ性を指導者に求めるのは、ありがちな話であるが、それはヒトラーを産んでしまうことではないか。1億を超える社会のすべてに決断と指示を仰ぐことは、現実的ではない。現場が判断できないときだからこそリーダたるものが決断すべきだという論理があるが、現場を知るものででさえ判断できないものを当事者でもない人の判断が正しいといえるだろうか。結局は責任という不確かなものを誰が負うかということにすぎない。優れたリーダは、方向性や価値観を組織の中でまとめ上げていく。現場はその方向性や価値観にしたがって行動規範としていく。リーダーは実務者ではない。政治家をもつべきものは、確固たる信念であり、それは政策という方向性や価値観を示すものになる。しかしながら、注意しなければいけないのは多様性を持つことではないだろうか。選択肢がない状態は、想定外な状況には対応ができなくなる。