matsuok’s diary

あくまでも個人的意見であり感想です

介護と看護の狭間

介護は、継続で、看護は一時的なものである。
かつて、社会的入院と呼ばれた老人病院があったが、現在は医療保険介護保険が分離されたことにより、介護難民が発生する図式となっている。病院は三ヶ月をすぎると医療報酬は支払われず、介護保険は、医療保険との重複給付ができないため、入院しているときは、介護施設側には介護報酬が支払われず、施設側は三ヶ月が過ぎると、べつの介護対象者を受け入れるため、いったん入院して介護施設を出ると、元の介護施設にはかえれなくなるという現実がある。老人施設は、事実上、健康な老人か介護対象者しか受け入れらない現実。少子高齢化核家族化などで、老人がすむ市町村に身寄りがない場合、行き先自体がなくなるのだ。介護サービスの利用は、その本人のすむ市町村でしか利用できないため、親族が、いたとしても、別の市町村の場合、その親族が、遠方からかよわなければいけないという現実。

介護保険は、社会全体でかいごするという基本理念で発足したはずが、財政的基盤の崩壊により、在宅介護という、結局は、自助努力と親族に依存する形態に戻っている。どんな高邁な理想と理念があろうとも、財政的基盤なくしては現実は厳しい。政権交代が普遍化したとき、所謂バラマキ政策が多くなり、国がすべきことの本質が不透明にならないのだろうか。