matsuok’s diary

あくまでも個人的意見であり感想です

物事は単純じゃない

ガソリンの値段が落ち着いてきたような。
月が変わると値段があがるということから、月末に給油するというのが習慣化しようとしていたが、それを改めなければならないかもしれない。アメリカでの石油先物取引の値段も下落しているようだ。
FRBは、昨年夏に低所得者向け高金利住宅ローン(サブプライムローン)問題が表面化して以来、政策金利である短期金利の指標、フェデラル・ファンド金利の誘導目標を、これまでに5.25%から2.0%まで異例の速さで計3.25%引き下げてきた。石油の値上がりはこの金利の下落に反比例していた感がある。
石油の値段を決めているのは、アメリカでの原油先物取引であり、しかも、その市場で取引されているのは、全石油というわけではなく、WTI原油と呼ばれるアメリカの標準油種にすぎない。そして、そのWTI原油の実際の1日あたりの生産量は30万バーレル程度にくらべ、その市場で取引されるのは、1日あたり5億バレルと1700倍の量なのだそうだ。
そして、それは全世界の石油の実需の6倍の量が取引されていることに相当する。つまり、石油の値段は需要と供給から決めれれるものでもなく、製造原価からきめられるものでもないことだ。

石油がわかれば世界が読める (朝日新書)

石油がわかれば世界が読める (朝日新書)

アラブ地域から産出される原油のコストは3ドル程度だそうだ。
もっとも、流通コストや精製が必要なこと、原油のなかから、すべてがガソリンなどの付加価値のたかい成分ばかりではないことなど、油田からの産出コストがそのまま最終価格にならないことはもちろんである。しかし、4月時点で120円前後だったガソリンが180円までになっている間、その流通が変わったわけでも精製手段がかわったわけではない。ましてや、北京オリンピックで、石油の需要が急激に増加したわけでもないだろう。
すべては、低金利の金融市場から、より大きなリターンを得られる先物市場として石油や食糧先物市場が格好のターゲットになったにすぎない。
先物市場は、通常の取引リスクをヘッジする手段として必要な存在である。しかしながら投機的手段とならないよう、総量規制が必要ではないだろうか。為替市場に対しては、各国政府は政治的な介入をおこなうが、石油など資源については、ナショナリズムの面もあり、難しいのは事実ではあるが。
問題の根本は、石油の偏在である。アラブやロシアなどに集中していることであり、この解決はエネルギーなど脱石油の手段を持つしかないが。

坂井三郎と零戦 (PHP新書 536)

坂井三郎と零戦 (PHP新書 536)

大空のサムライも面白しろかったが、個人的に、妙に共感したところは、ゼロ戦の搭載機銃の話だ。
ゼロ戦には7.7mmと20mmの2種類が搭載されている。また日本の当時の飛行機搭載の機銃については、マチマチだったようだ。
ところが、アメリカの機関銃については、飛行機の機種別どころか、陸軍や空軍、はては飛行機以外の用途でも標準化されていたことだ。
いわば、日本の製品開発は部分最適化され、ある意味、エンドユーザの要望を取り入れたきめの細かい配慮がされた設計になっていたようだ。
しかしながら、補給や生産の効率向上などの面、または新製品開発においても標準化が徹底されたことにより、より短期間での開発や生産、そして品質面でもバラツキがなくなるといった効果があったはずだ。
資源を持たない日本が物量の差で劣っていたということはよく言われてきたことだが、生産性や効率面、いわばビジネス的な面でも大きく負けていたということではないか。
アメリカも独立戦争南北戦争など、必ずしも物量で圧倒的な条件であったわけでもなく、いかに少ない労力で兵器や弾薬などの確保や補給をするかという実用的なカルチャが根付いたのかもしれない。