matsuok’s diary

あくまでも個人的意見であり感想です

始めたことをやめるとき


公共事業や、行政においては、長期的視野と推進自体に多大な期間と資金が必要である。企画するためには将来に対する予測が必要となる。予測とは、現状の傾向と、過去の経過を基に行われるものであり、将来に対する事実は決して予測できない。また、行政とは最大多数の利益を追求するものいであり、全員の利益に必ずしも結びつかない。いったん、合意を得たものを、変更することはそれを決定したときより、さらに困難さを増す。
優れた慧眼を持って、行政なり政策なりを推進していけばいいのだろうが、未来に対する正確な予測は、不可能であり、完全な正解を前提にした期待は、現実にそくさない。
ダム、河口堰、新幹線新駅、干拓など、明らかに計画当初とは前提条件が異なっているにもかかわらず、粛々と推進していくことの是非と、猫の目のように変わる行政の是非論である。

止めどきを施政者側主導で行われたのが日露戦争ではないか

日露戦争史 - 20世紀最初の大国間戦争 (中公新書)

日露戦争史 - 20世紀最初の大国間戦争 (中公新書)

日清戦争に比べ、日露戦争は賠償金も領地割譲もない勝利の結果として必ずしも満足できうるものではなく、実際、「日比谷焼打事件」など実情を必ずしも知らされなかった民衆感情の表れだったかもしれない。

政治が主導権を持ち、戦争を興した目的とゴール設定にブレがなかったことがその結果をもたらしたといえるが、そもそも、この戦争を起こす必要が本当にあったのかという議論があまり聞かれないのは、やはり、戦争に勝つという現実がその必然性を覆い隠す面があったのではないだろうか。